2021.06.03| オンラインジャーナル
イノベーション時代のM&Aと新たな競争法審査 ~企業結合ガイドライン改正を踏まえて~
2. FacebookのWhatsApp買収と事前届出基準
一般に、競争当局が定める届出基準を満たすM&Aは競争当局に事前の届出を行う必要があり、一定の市場における競争を実質的に制限するものではないか、競争当局の事前審査を受けることとなります。届出基準は各国で異なりますが、買収者・投資者や対象会社の売上高や資産額(国によっては市場シェア)を参照するのが通常です。
しかし、スタートアップやベンチャーの買収・投資のうち、商品化がされていない開発中の技術や研究成果、ビッグデータなどの獲得を目的とするようなものは、対象会社がM&Aの時点では事業規模が大きくないため、従来の届出基準では事前審査が不要となってしまう場合もありました。
FacebookによるWhatsAppの買収では、両社が持つユーザーデータの統合が競争に与える影響が懸念されつつも、競争当局によっては届出基準が満たされず事前審査ができませんでした。その後、例えば、ドイツでは売上高・資産額に続く新たな届出基準として「M&Aの取引価値」に着目した届出基準を導入しました(なお、この事案では、欧州委員会の審査でFacebookはWhatsAppのユーザーデータを連携しないと説明しつつ結果として連携したとして、事後的に制裁金が科されています。)。
3. 「届出基準を満たさない」の落とし穴
欧州などと異なり、公取委は届出基準を満たさないM&Aの審査も行えます(独占禁止法10条1項、2項)。従来、届出基準を満たさない場合も当事会社は公取委に審査を求めることができ(届出に準ずる相談)、特に競争上の懸念があるM&Aについては一定の利用事例もありました。対応方針の改正では、買収対価の総額が400億円を超えると見込まれ、一定の要件が満たされる場合には公取委への事前相談が推奨されています(「国内の競争に与える影響について精査する必要がある場合」には公取委はM&Aの審査をすることも再確認されています。)。
実際に公取委は近時、届出基準を満たさないM&Aを対象とした事後的な審査も行っています。M&Aの当事会社の事業規模が小さいからといって競争法審査対応は不要と安心すると、思わぬ落とし穴にはまりかねません。
公表日 | 概要 | 公取委の対応 |
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2019年10月24日 | エムスリー(医薬品情報提供プラットフォーム事業)による日本アルトマーク(医療用情報データベース事業)の買収 |
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2021年1月14日 | GoogleによるFitbit(腕時計型ウェアラブル端末の製造販売業)の買収 |
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公取委による届出基準を満たさないM&Aに対する審査の可能性は、もはや理論的なものに留まらないと捉えるべきでしょう。そこで、M&Aが「国内の競争に与える影響」を考える際、特にイノベーションM&Aで注目すべきポイントを見ていきたいと思います。