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2021.05.08|

クロスボーダーM&A契約の勘所~COVID-19後の展望を踏まえて~

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4. ロックドボックスでかんじがらめ?

大型のクロスボーダーのM&A取引に係る契約においては、前頁で述べたように、CPの条項を置いて契約締結とクロージングとの間に一定期間を設けるのが通例ですが、当該期間における重大な状況悪化に対応するのが買主の離脱を可能とするMAC条項である一方、状況の悪化の程度が重大とまではいえない場合、買主としては売主に対して主張できることがあるでしょうか。容易に考え付くものとしては、対価の調整条項を設け、それに基づく減額を得るということですが、実はそのような価格調整(Purchase Price Adjustment)の条項は、M&A契約すべてに等しく規定されるわけではありません。

 

特にクロスボーダーのM&A取引に慣れた方であれば、価格調整条項は特に抵抗なく契約に入れ込むことができるでしょうし、実際に当該条項を入れておけば、ある程度の対象会社の価値の下落に対応することが可能であるため、買主側としても安心といえます。細かく見れば、価格調整条項にもバリエーションがあり、代表的なものとしては、契約締結日後の現金残高(Cash)及び有利子負債(Debt)による調整を行う方式と、運転資本(Working Capital)による調整を加味する方式とが挙げられ、その細かな調整式も交渉の対象となります。

 

契約締結日後の状況変化に比較的柔軟に対応できる価格調整条項の、ある意味対極に位置するものとして、「ロックドボックス」方式のM&A契約の設計をご存知でしょうか。米国型のM&A契約では価格調整方式が主流といえますが、英国をはじめとする欧州等の法域では比較的多く用いられる方式であり、要すれば、価格調整を行う代わりに、①支払対価を固定するとともに、②契約締結日後の売主の経営に厳しく縛りをかける、という考えに基づく設計です。②を実現するためには、売主の通常の業務過程(Ordinary Course of Business)での事業運営を義務付けることに加え、売主のあらゆる価値の流出行為(Leakage)を禁止します。これにより、事後的な複雑な価格調整の手間を経ることなく、クロージング日におけるスムーズな取引完了が望めることになります。

 

一見して、売主も買主も双方「がんじがらめ」の柔軟性の低い方式にも見えるかもしれませんが、本来この方式は契約締結日に対象会社の事業が理論的に買主側に移転しているという考えを基礎にしますので、双方の手間も最小限にした合理的な手段という見方もできるでしょう。

★COVID-19の蔓延による影響★

COVID-19の蔓延後の不安定な情勢の中、買主側としては、対象会社の価値変動により実質的な損を被るリスクをできるだけ減らしたいという意図で、より詳細な価格調整条項をM&A契約に盛り込む、という方向で検討する場面が増えてくる可能性があります。一方で、売主側としては、不確実性をできるだけ排除したいという意図から、ロックドボックス方式をより好む傾向が出てくる可能性があり、両者の要請が拮抗し、売主主導の案件の増加局面においては、ロックドボックス方式がより一般的になってくる可能性もありそうです。

 

Leakageの定義の一例

“Leakage”means:

  • any dividend or distribution (whether in cash or in kind) or any return of capital (whether by reduction of capital or redemption or purchase of equity interests) from the Company;
  • any management, service or other charges, or fees, costs, bonuses or other sums, paid or incurred by the Company;
  • any transaction to which the Company is a party other than on arm’s length third party terms;
  • any assumption or discharge of any liability (including in relation to any recharging of costs of any kind) by the Company; or
  • any other payments made or liabilities assumed (whether in cash or in kind) or benefit conferred by, or on behalf of, the Company.

 

5. おわりに~日本法&日本の裁判を勝ち取ったぞ!?

本稿を締めくくる前に、クロスボーダーM&A契約を取り上げる以上どうしても触れておきたいのが、準拠法(Governing Law)・管轄(Jurisdiction)に関する誤解の点です。M&Aに精通している法務担当者の方でも比較的陥りがちな誤解は、準拠法・管轄の規定は「やはりホームの日本法、日本の裁判にしておくのが安心」というものです。

 

しかしながら、対象会社が国外にある場合、本当に日本法に準拠し、あえて紛争解決を日本で行うことが、果たして最終的な問題解決に資するのかは、慎重に検討しなければなりません(通常は、執行面などを考えた場合、そうでないことが殆どです。)。日本法、日本の裁判を規定できた場合、確かにその部分で「1勝」なのかもしれませんが、交渉は勝ち負けではないので、現実的に何が自社にとって好ましい規定なのかを十分に考えていただく必要があります。

 

冒頭にも述べましたように、クロスボーダーM&Aに用いられる英文契約は、皆様にとってはたやすいもので、ともすればルーティン的に読み流してしまいがちなものかもしれません。しかし、契約実務は、その時々の世相や要請を反映して、刻一刻と変化しています。高度な契約交渉に関わる法律実務家としては、M&A契約構造の基礎を十分に理解しつつ、変化し続ける契約実務の勘所を常に意識して、実際の契約交渉に臨んでいく必要があります。

 

本稿では、クロスボーダーM&A契約におけるトレンドの一端を取り上げることで、契約実務に関わる皆様の助けになればと思い、寄稿させていただきました。ご笑覧いただけたのであれば幸いです。

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業は、国内外の最新裁判例や法令改正状況をご紹介するニュースレターを定期的に発行しております。筆者が携わる海外法務の分野でも、新興国関連の情報を中心に、有用な情報を配信しておりますので、是非ご覧ください。
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https://www.amt-law.com/publications/detail/publication_0022969_ja_001

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